恭賀新年


 恭んで新春のお慶びを申し上げます。
 本年も宜しくお願い致します。

平成三十年 初春 


 いくたまさんにお詣りし、つちのえいぬ歳の御朱印を受けてきました。

生國魂神社 干支朱印 戊戌歳

生國魂神社 干支朱印 戊戌歳



 どこぞの「お父さん」にちょっと似てますね。

生國魂神社 御朱印

生國魂神社 御朱印






八兵衛狸のはなし


 元禄年間(1688~1704)のこと、道頓堀の芝居小屋「中之芝居」に足しげく通う、三隅八兵衛みくまはちべえなる侍がいた。
 この男、芝居好きの初老の武士ということを除いては素性がはっきりしない不思議な人物で、生玉神社の南の源聖寺坂辺りに住まいがあるという話もあるが、誰も詳しいことを知らない。いつも小綺麗な身なりでやって来ては決まって桟敷に陣取り、食い入るように芝居を見物している。特に片岡仁左衛門がお気に入りのようだった。
 謎の客について他愛のない噂話に興じる下働きの者たちに向かって手を叩き仕事に戻るよう促しながら、中之芝居の名代なだい塩屋九郎右衛門は廊下を早足で通り抜けた。
「狐やて? んな阿呆な」
 思わず言葉が口をついて出る。
 近頃毎日のように、木戸銭に木の葉が数枚混じっているという。狐狸の類が人に化けて、木の葉の銭で芝居を観に来ているなどと大真面目な顔で言う者もあったが、九郎右衛門は勿論信じていない。それでも、その者の奨めるのに従って、今日から入口に番犬を置いてみることにした。犬なら狐や狸の正体を見破るだろうというわけだ。
「阿呆らし」
 九郎右衛門はまた呟いた。

 客入れが始まった。
 手代の又七が列をなす客から木戸銭を受け取り順に誘導していると、例の三隅八兵衛が今日も現れた。背が高い上に妙に姿勢がいいので目立つのだ。
 八兵衛から銭を受け取った又七は、いつもは悠然として無表情な八兵衛の様子がおかしいのに気づいた。脂汗を流し、視線がきょろきょろと定まらない。又七の横にうずくまっている犬を気にしているようにも見える。犬が苦手なのだろうか。
 すると突然犬が起き上がり、八兵衛に向かって唸りだした。
 八兵衛の表情がさらに歪む。犬が激しく吠えたてる。
 八兵衛は後ずさりしたかと思うと、ついに逃げ出した。その後をすかさず犬が追い、跳びかかってがぶりと噛みついた。
 その様子を呆然と見ていた又七は、掌に違和感を覚えた。握っていた銭がいつの間にか木の葉に変わっている。視線を戻すと、そこには八兵衛ではなく、犬に追いたてられて逃げ惑う大狸の姿があった。
 小屋の若い衆が飛び出して来てそれを追う。又七も後に続く。
 犬に噛まれ、男たちに殴られ蹴られ、狸はついに動かなくなってしまった。

 塩屋九郎右衛門は苦虫を噛み潰した顔で考え込んでいた。
 化け狸騒動以来、客足が急激に鈍り、中之芝居の興行収入はがた落ちとなっていた。
 小屋の者たちは死んだ狸の祟りだと言うが、九郎右衛門はその手の話が嫌いだ。尾ひれのついた悪い評判が広まったことで、客が敬遠しているに過ぎないと思っている。そもそも化け狸の一件にしてみても、その顛末を自分の目で見ていない九郎右衛門は半信半疑だった。
 とはいえ、ほとぼりが冷めるのを座して待つのも癪だ。何か手を打たねばなるまい。
 思案に暮れているところへ片岡仁左衛門が訪ねて来た。こんな朝早くに何事かと訝る九郎右衛門に、当代随一の人気役者は奇妙な話を始めた。
 なんでも、仁左衛門の夢に狸が三隅八兵衛の姿で現れ、芝居小屋に自分を祀ってほしいと頼んだのだという。
 仁左衛門の話を終始黙って聞いていた九郎右衛門の目が突然ぱっと輝いた。
「よっしゃ。早速取りかかろ」

 神祀りは「おたぬきさま」と染め抜いた色とりどりの幟がはためく中、盛大に執り行われた。事前の大大的な宣伝の甲斐あって、多くの見物人が詰めかけた。
 こうして小屋の奈落に八兵衛大明神が祀られると、客入りは瞬く間に回復し、中之芝居は以前の盛況を取り戻した。

 ぱん、ぱん。
 今日も塩屋九郎右衛門の拍手の音が早朝の奈落に響く。
「お狸さま、今日も一日よろしゅうお頼申します」
 そこへ又七が入って来た。
「なんや又七。今朝はやけに早いやないか」
「これは奇特な。信心に目覚めはりましたか」
 又七がからかうような調子で言う。
「阿呆抜かせ。役者は夢に生きるもん。縁起担いでなんぼやが、儂らは現実うつつを抜かしたらあかんのや」
 そう言うと、九郎右衛門は八兵衛狸の祠を振り返って、にやりと笑うのだった。


源九郎狐と八兵衛狸


 八兵衛狸の正体は、淡路島洲本の三熊山に棲んでいた芝右衛門狸だといわれている。
 中之芝居、のちの中座に祀られた八兵衛大明神は芸道の神として多くの役者に崇敬された。昭和三十七年(1962)には芝右衛門の里帰りと称し、十三代目片岡仁左衛門や藤山寛美らによって洲本に芝右衛門の祠が建てられている。
 一方、天王寺七坂の一つ源聖寺坂には「こんにゃく八兵衛」という狸を祀る祠がかつてあったという。この狸はこんにゃくが大好物で、こんにゃくを買って祠の前を通るとこんにゃくを盗られるという言い伝えがあった。この八兵衛が中座の八兵衛大明神になったと言う人もいる。

 中座は平成十一年(1999)に閉館となり三百五十年近い歴史に幕を降ろすことになるが、この時八兵衛大明神の分霊は二つの神社に遷された。一つは故郷洲本の洲本八幡神社に芝右衛門大明神として祀られ、そしてもう一つは生國魂神社境内の源九郎稲荷神社に合祀された。

生國魂神社末社 源九郎稲荷神社

生國魂神社末社 源九郎稲荷神社



 八兵衛大明神が祀られた源九郎稲荷神社の祭神源九郎稲荷大明神は、源義経が吉野に落ち延びた際、義経と愛妾静御前を守り、義経から源九郎の名を賜ったという白狐。五穀豊穣・商売繁昌の神、また歯痛封じの神として崇敬が篤い。
 つまり、源九郎稲荷神社は狐と狸を祀る神社ということになる。

生國魂神社末社 源九郎稲荷神社

生國魂神社末社 源九郎稲荷神社



生國魂神社
【いくくにたまじんじゃ】


鎮座地: 大阪府大阪市天王寺区生玉町13-9

包括: 神社本庁

御祭神:
生島大神【いくしまのおおかみ】
足島大神【たるしまのおおかみ】
大物主大神【おおものぬしのおおかみ】(相殿)

創建: 神武天皇即位前紀己未年(BC663)

創祀: 神武天皇

延喜式神名帳: 攝津國東生郡 難波坐生國咲國魂神社二座 並名神大 月次相嘗新嘗

社格等: 旧官幣大社 別表神社

別称/旧称: 生玉神社 難波大社


生國魂神社 拝殿

生國魂神社 拝殿




参考文献:
◇角川日本地名大辞典編纂委員会(編)『角川日本地名大辞典27 大阪府』 角川書店 1983


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