◆春日神社 拝殿
春日神社 拝殿


松尾谷総鎮守

 和泉市春木町に鎮座する春木春日神社は、古来松尾谷諸村の総鎮守といわれ、奈良時代の創建を伝える古社。
 中世、松尾谷の一帯は春木荘と称して奈良春日大社の荘園となっており、その鎮守社として勧請されたものとみられる。

◆春日神社 鳥居と社号標
春日神社 鳥居と社号標

春日神社
【かすがじんじゃ】


鎮座地: 大阪府和泉市春木町冬堂615

包括: 神社本庁

御祭神:
武甕槌命【たけみかづちのみこと】
経都主命【ふつぬしのみこと】
天児屋根命【あめのこやねのみこと】
比売大神【ひめおおかみ】

創建: 神護景雲二年(AD768)

社格等: 旧村社

別称/旧称: 物部布留神社 布留堂 冬堂


◆春日神社
春日神社


物部布留神社

 口碑によると、往時この辺り(唐国町周辺)に住した物部系氏族の韓国連【からくにのむらじ】が祖神を祀り「物部布留神社」と称したが、神護景雲二年(768)春日大社創建にあたって鹿島明神を常陸国より遷座する際、春木に立ち寄り一時留まったことから、この地の藤原氏が社殿を設けて春日明神を祀った。それがいつしか、地主神である物部布留社が押し退けられて春日社が本社となったのだという。
『和泉国内神名帳』泉南郡条の「従五位下物部布留社」が当社であると推定される。
 また『和泉志』には「物部布留神祠 在春木村 俗称布留堂 風景幽絶」とある。
 誉田別命【ほんだわけのみこと】と物部祖神を祀る摂社若宮八幡社が物部布留神社だとされる。但しこの若宮八幡社は現存しない。神職の方に訊いたところ、現在摂社戎神社の鎮座する場所に若宮八幡社があったが、いつしか廃絶し、若宮八幡社の祭神は本社に相殿合祀されているとのこと。廃社の時期は昭和に入ってからと思われる。

◆春日神社摂社 戎神社 本殿
春日神社摂社 戎神社 本殿


合祀神社と境内社

 明治二十二年(1889)周辺諸村が合併して南松尾村・北松尾村が発足。
 同四十一年(1908)から四十二年(1909)にかけて以下の神社を合祀し、春木春日神社は南北松尾の総産土神となった。
  • 南松尾村大字松尾寺字井戸山 村社春日神社(天児屋根命 比咩大神 武甕槌命 経津主命)
  • 南松尾村大字若樫字中垣内 村社春日神社(天児屋根命 品陀別命)
  • 南松尾村大字久井字上野 村社八幡神社(応神天皇)
  • 南松尾村大字春木川字出垣外 村社八雲神社(素盞烏命)
  • 南松尾村大字春木川字上出垣外 無格社厳島神社(市杵島姫命)
  • 北松尾村大字箕形字土井 村社八坂神社(素盞烏命)
  • 北松尾村大字寺田字井戸田 村社神明神社(天照皇大神 天児屋根命 品陀別命)
  • 北松尾村大字唐国字下出 村社菅原神社(菅原道真 素盞烏命)
  • 北松尾村大字内田字上の山 村社春日神社(武甕槌命 経津主命 天児屋根命 比咩大神 大山咋命)
  • 北松尾村大字内田字岩ヶ谷 無格社神明神社(天照皇大神)
  • 国府村大字和気字尻江 村社八幡神社(応神天皇)
  • 国府村大字和気字井田 村社大年神社(大年神)
  • 国府村大字小田字太宮 村社菅原神社(菅原道真)
  • 国府村大字小田字喜田 無格社稲荷神社(保食神)
  • 国府村大字小田字薬師堂 無格社八坂神社(素盞烏命)

 このうち国府村の神社はのちに国府村大字府中字馬場町清水の上(現和泉市府中町)の泉井上神社に遷されている。
 また、合祀された南北松尾村の神社の多くも現在は旧地に復祀となっているようだ。

◆春日神社 拝殿
春日神社 拝殿

◆春日神社 拝殿内部
春日神社 拝殿内部

 大正十一年(1922)の『大阪府全志』によると、境内社には摂社若宮八幡社(物部布留神社)と末社稲荷神社(照姫神社)があるというが、いずれも現存していない。現在の境内社は摂社戎神社と末社九頭神神社(九頭神明神 菅原道真)。

◆春日神社摂社 戎神社
春日神社摂社 戎神社

◆春日神社末社 九頭神神社
春日神社末社 九頭神神社


冬堂と弘法大師の伝承

 境内にはかつて医王山宗福寺という神宮寺があったが、明治三年(1870)に廃寺となっている。
 役行者の開創と伝え、松尾寺奥の院として隆盛を誇ったが、文永二年(1265)建立という伽藍は天正年間(1573~1592)の兵火で悉く焼失した。この時僅かに残った物が、一夜にして諸所に飛び去ったという伝説がある。仁王像は天野山金剛寺(大阪府河内長野市天野町)へ、梵鐘は北辰妙見神社(和歌山県伊都郡かつらぎ町滝)へと飛んだという。大正二年(1913)に当時の春日神社社掌が調査したところ、北辰妙見神社の地蔵堂で「文永二丑年二月□□之」の銘のある梵鐘を発見した。
 のちに本堂・客殿・鐘楼は再建されたが、金堂・宝塔は礎石が残るのみだったという。

◆春日神社 石碑 「弘法大師冬籠遺蹟」
春日神社 石碑 「弘法大師冬籠遺蹟」

 大同三年(808)弘法大師空海が宗福寺で一冬を過ごしたという伝承があり、以来「冬堂」と称したとのことだが、「冬堂」は「布留堂」の転訛であって物部布留神社に由来するもので、弘法大師の伝説は後世の附会だろう。
 弘法大師が水を所望したところ村人が断った為、それ以来春木では水が湧かなくなったという話も伝わる。
 冬堂の名は小字名として今に残っている。

◆春日神社 御朱印 「招福」
春日神社 御朱印 「招福」


参考文献:
◇鈴鹿連胤(撰)『神社覈録 上編』 皇典講究所 1902
◇井上正雄『大阪府全志 巻之五』 大阪府全志発行所 1922
◇太田亮『和泉』(日本国誌資料叢書) 磯部甲陽堂 1925
◇大阪府学務部(編)『大阪府史蹟名勝天然記念物 第四冊』 大阪府学務部 1929
◇蘆田伊人(編)『大日本地誌大系 第十八巻 五畿内志・泉州志』 雄山閣 1929
◇永野仁(編)『日本名所風俗図会11 近畿の巻I』 角川書店 1981
◇角川日本地名大辞典編纂委員会(編)『角川日本地名大辞典27 大阪府』 角川書店 1983


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