龍王神社の現在の祭神は豊玉彦神・猿田彦神となっている。このうち猿田彦はかつて日ノ御埼灯台付近にあった日ノ山御崎神社(和田浦の御崎神社から勧請)の祭神であり、明治四十二年(1909)に合祀されたもの。龍王神社本来の祭神は豊玉彦一柱である。
 豊玉彦はワタツミとも称ばれる。ワタは海、ミは神霊を意味する。海そのものを神格化したものだ。因みに明治六年(1873)村社に列するにあたっては「海【わたつみ】神社」の名で届け出をしている。龍王神社としなかったのは神仏分離の空気下で仏教語を避けたためだろう。

◆龍王神社 幣殿
龍王神社 幣殿

 さて、その龍王神社の祭神だが、地元には豊玉彦ではなく豊玉姫だとする伝承もあるという。『美浜町史』に三尾の住民から聞き取った言葉として
「龍王宮豊玉姫命と聞きましたが、今は豊玉彦命いうてますよってにね、おばあさんが言うて教えてくれたのと違うなと思っています」
とある。
 豊玉姫は豊玉彦の娘とされる女神である。事実であれば、いずれかの時点で入れ替わったか、あるいは元は男女両神を祀っていたが姫神のみが欠落したか。

 ところで、龍王崎の突端から五百メートルほど西に蜑取島【あまとりじま】という小さな島がある。弁天島ともいうが、ウミネコの繁殖地になっているということで海猫島の名が最も通りが良い。ウミネコは毎年三月頃に飛来し、産卵・子育てをして七月頃に島を離れるそうだ。その島にまつわる話が素朴で、しかし雄大で面白い。こんな話。

 昔、三尾浦に肌の黒い娘が住んでいた。娘は海に潜り貝などを採って暮らしていたが、色黒を恥じ、白い肌になりたくて御崎神社の神に日日祈っていた。ある夜お告げがあり、二十一日間水垢離を取れという。二十一日目の満願の日、いつものように海に出ると、何百何千羽のウミネコが飛んで来て、娘めがけて一斉に真っ白な糞を落とし始めた。水面を見て娘は驚く。そこに映るのは真っ白な肌になった美しい自分の顔だった。娘は自らの姿に見とれながら、もっともっと白く美しくなりたいと強く願った。娘はウミネコの糞をその身に浴び続け、とうとう白い島になってしまった。島の周りは貝や魚が豊富に獲れる好漁場となった。村人たちは島に弁財天を祀って娘の霊を慰めたという。

◆三尾浦と蜑取島(中央) 左の岩に半分隠れているのが龍王崎
三尾浦と蜑取島

 島の頂には弁財天の祠がある。弁天島とも称される所以だ。
 豊漁を願って財を司る弁財天を祭祀したのは容易に想像できるが、一方で水にまつわる神として、そして蛇・龍のイメージを通じて豊玉姫とも繋がりはしないだろうか。
 実は地図を眺めていて気づいたのだが、龍王神社の社殿の背後を真っ直ぐ辿るとちょうど蜑取島にぶつかるのだ。元もと龍王神社は蜑取島を遥拝する社ではなかったか。
 時代の流れの中で豊玉姫と称ばれたり弁財天と称ばれたり、はたまた島と化す人間の娘になったりしたが、遡れば素朴な信仰に根差す原初的な海の女神の姿が垣間見えはしまいか。それを拝む場所が龍王神社だったのではないだろうか。素人の妄想に過ぎないけれど、どうだろう。

 なお、蜑取島には以前えべっさん(えびす)が祀られていて「漁業会の上」(漁協事務所の屋上ということだろうか?)に遷されたと『美浜町史』にある。弁財天と共に祀っていたものだろうか。これも今後調べる必要があるだろう。

 そろそろ一番の目的地、日ノ御埼灯台へ向かおう。蜑取島を左に見ながら海岸伝いに進むと、程なくして緩やかな傾斜の山道になる。日ノ御埼はもう目前だ。

◆日ノ御埼から紀州灘を望む
日ノ御埼から紀州灘を望む

 紀伊半島最西端、日ノ御埼。ここに来るのはおよそ十年ぶりだ。
 日の岬パークの駐車場に車を停め、灯台まで歩く。
 三方に広がる海の絶景はあの時と変わらず美しい。
 風力発電の白い風車が低く唸りながら回っている。十年前にはなかったものだ。空と海の色に映えてこれはこれで絵になるとも思う。

◆海と風車
海と風車

 広場に出る。灯台が全貌を現した。白亜の塔と澄み渡る青空のコントラストに思わず小さく声をあげた。
 あの時と同じ景色に懐かしさがこみ上げる。
 しばし、思い出に浸るように灯台を見つめていた。

◆紀伊日ノ御埼灯台
紀伊日ノ御埼灯台

紀伊日ノ御埼灯台

 紀伊日ノ御埼灯台は明治二十八年(1895)建造。
 先に述べたようにここにはかつて猿田彦を祀る御崎明神社があった。大永年間(1521~1528)に和田の御崎神社から勧請したものという。灯台建設のために少し高台に移転するが、明治四十二年(1909)龍王神社に合祀。その後昭和四十年(1965)に改めて御崎神社から分霊を迎え、日ノ山御崎神社として祭祀が行われているというが、訪れずじまい。
 実は、突然思い立って来たため碌に下調べもしておらず、この神社の存在を後から知ったのだ。残念だがいずれまたの機会に参るとしよう。今度は夕焼けの頃合に来ようか。水平線に沈む夕陽の美しさは格別だというから。


水平線に寝転ぶ太陽
佇む心を包み込んで
なぜだろう?
止まらない涙が恥ずかしくないのは
君のせいなの?

"Sunset, Side Seat"
lyrics by Natsumi Kobayashi, S.O.S.


次の記事へ続く》



参考文献:
◇美浜町史編集委員会(編)『美浜町史 下巻』 美浜町 1991


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