【こよみ】大暑 初候 第三十四候 桐始結花 きりはじめてはなをむすぶ

和泉葛城山上に鎮座する八大龍王社(高龗神社)についての諸事を記した『葛城峯宝仙山萬覚帳』に、同社の縁起が次のように書かれている。ある時、弘法大師と「しるびん大師」が法力対決を行った。しるびん大師が降雨を司る諸龍神を「摩訶」の二字を以て縛ったため、日本中が百日にわたる大旱魃に見舞われた。対する弘法大師は「般若波羅密多」と誦えて海の龍王に祈請した。すると八大龍王が泉州脇浜浦の、今では龍王島と称する所に出現した。 ...

南北に長い岸和田市のほぼ中央に位置する神於山は標高およそ三百メートルの独立峰で、古来、その名の示す通り神の山として崇拝されてきた神体山、神奈備だった。神於山を囲むように多くの神社が分布している。また中世には南麓に神於寺が栄え、最盛期には百八坊が建ち並ぶ大伽藍を誇ったという。神於山は常に信仰の中心として屹立してきた。 ...

桂離宮や伊勢神宮を絶賛したことで知られるドイツの建築家ブルーノ・タウト。彼はナチス政権下のドイツを離れて日本に亡命した昭和八年(1933)から同十一年(1936)の間に、奈良を二度訪れている。冒頭の引用は遺稿をまとめた著書『忘れられた日本』に収録されている、『奈良』と題した随筆の一節。奈良という古都の真の美しさはガイドブックに載っているような有名な大社寺にあるのではなく、十輪院や新薬師寺といった小寺院、更に言えば何でもない小径や土塀や石畳や植込などの素朴で自然的な美にこそ、その真骨頂があるのだと述べる。 ...

南都七大寺のひとつに数えられる元興寺の歴史は飛鳥の地に始まる。用明天皇二年(587)。仏教公伝から五十年近くが経っていたが、未だ本格的な仏教施設は存在していなかった。天皇は、大寺院を建てて百済より僧を招来せんと欲し、それに相応しい土地を探すよう聖徳太子らに命じた。翌崇峻天皇元年(588)、百済僧が仏舎利を携え、技術者とともに海を渡って来た。 ...

二上山は死の山だ。大和の太陽は三輪山から昇り、二上山に沈む。二上山の向こう、河内の磯長谷は「王陵の谷」とも称ばれ、多くの貴人の陵墓が密集する葬送地であり、二上山はその象徴として墓標のように聳える。山頂近くには悲劇の最期を遂げた大津皇子の墓が幽寂と佇む。仏教が伝来すると、阿弥陀如来のおわす西方浄土への信仰と結びつき、気高き中将姫の伝説も生まれた。その懐に抱かれる當麻の里は、生と死のあわいにある鎮魂の地。 ...

大和国葛下郡下田村(現奈良県香芝市)は古くから交通の要衝として栄えた。河内から国分峠を越え初瀬(長谷)を経て伊勢へ到る伊勢街道と、王寺から南に延びる當麻寺参詣道が下田の地で交わる。現代においても、国道一六五号線と一六八号線の交差点として交通量の多い場所だ。その下田交差点に鎮座するのが、平安末期の勧請伝承を持つ鹿島神社。 ...

『古事記』を編纂した太安萬侶の出身地といわれる多の地でその御魂を祀る小杜神社を後にし、大和盆地を北上する。奈良市街を抜け、林道を東へ。程なくしてのどかな田園風景が現れる。水田と茶畑が広がる静かな山里、田原。田原地区のうち、旧此瀬村の鎮守天神社を訪ねる。道を逸れて斜面を上ると砂利を敷き詰めた平坦地になっており、右手に公民館がある。公民館の建つ場所にはかつて阿弥陀如来を祀る惣堂があって、村の寄合所となっていた。称び名が公民館と変わっただけで、その役割は昔も今も同じ。 ...

古事記の編者である太朝臣安萬侶を出した多氏は、大和国十市郡飫富郷(現田原本町多)を本貫とする名族。初代神武天皇の子である神八井耳命を氏祖とし、皇別氏族(皇族から分かれた氏族)としては最古級に属する。多の地には神八井耳が奉斎したと伝わる多坐弥志理都比古神社が鎮座する。多氏の氏神社であり、大和でも屈指の有力神社だった。 ...

天武天皇の舎人(側近くに仕え警固や雑務に従事する下級官吏)に稗田阿礼という者がいた。年は二十八歳、優れた記憶力の持ち主で、一度目にした文字は一字一句違わずに諳んずることができ、一度耳にした言葉は心に刻んで決して忘れることがなかった。かねてより天武天皇は、時を経る中で諸家の伝承する歴史に誤りや嘘が混じるようになっており、このままでは正しい歴史が失われてしまうだろうと懸念を抱いていた。正史を記録に残さんと決意した天武は、阿礼をして歴代天皇の系譜と事績、古い伝承を「誦習」せしめた。 ...

河内と紀伊の国境にある紀見峠の歴史は古い。南海駅路の新道としてこの峠を越える道が開かれたのは、平安遷都から間もない延暦十五年(796)のこと。その後空海が高野山を開創すると、京都・大坂からの参詣道として大いに賑わうようになっていった。葛城山脈を越える道としては、この紀見峠越えが最も標高が低く、通行の難が少なかった。紀州を一望できるこの峠を、数多の旅人が往き交った。 ...