鉢ヶ峯の堺公園墓地から続く道を北へ辿り、丘陵を切り開いて貫く府道二〇八号(堺泉北環状線)を跨ぐ橋を渡って坂を下る。「きつね坂」というらしい。間もなく「櫻井神社」「上神郷総鎮守」と刻まれた一対の石柱が現れる。ここから先は櫻井神社の神門に向かって道が真っ直ぐにのびている。 ...

道は、人が往来し、物資や文化をもたらすとともに、時には疫病のような災厄も運んで来た。悪しきモノの侵入を防ぐため、辻や村境に神が祀られ、「道切り」が行われた。その神は「道祖神【どうそじん】」「道陸神【どうろくじん】」「塞神【さえのかみ】」など様様な名で称ばれる。 ...

毎年四月十七日と十八日の二日間、大阪府河内長野市の観心寺において、秘仏如意輪観世音菩薩(国宝)の厨子が開扉される。平成二十九年(2017)四月十八日、仕事の休みが合い、念願のその姿を拝むことができた。観心寺は役行者が修行道場として開いたと伝えられる古刹。 ...

湊川神社の鎮座地は楠木正成が最期を迎えた場所と伝わる。境内の西北隅に、玉垣で囲われ門が設えられた一角がある。石標には「史蹟 楠木正成戦歿地」と刻まれている。この場所こそ、延元元年(1336)五月二十五日、楠木正成が将士七十余人とともに殉節を遂げた地だという。 ...

永井信濃守尚政が山城淀十万石の藩主として淀城に入ったのは大御所徳川秀忠の死の翌年、寛永十年(1633)のこと。尚政は十六歳で秀忠の小姓となって以来秀忠の側近として仕え、老中まで務めた。同じく老中井上正就・京都所司代板倉重宗と共に秀忠近侍三臣と称された。 ...

M県S市紅葉区杜王町に鎮座する六壁神社は、飛鳥時代の創祀を伝える古社。杜王町はS市のベッドタウンとして発展してきた。町の南を流れる一小川【いちおがわ】流域を中心に縄文時代の住居跡が多数みつかっており、早くから集落が形成されていたことがわかっている。 ...

千代神社の創祀は第八代孝元天皇の皇女倭迹迹姫命【やまとととひめのみこと】誕生の時と伝えられている。のち第十七代履中天皇御宇(400~405)に再建されたという。かつては多賀大社(滋賀県犬上郡多賀町)の末社であった。千代宮【ちよのみや】と称していたが、明治二年(1869)現社名に改めている。 ...