こよみ 秋分 初候 第四十六候 雷乃収声 かみなりすなわちこえをおさむ

高野山真言宗遺跡本山観心寺。役行者によって開かれ、弘法大師が道場としたその古刹には参拝客の絶えることがない。その中にあって、訪れる人の稀な、ひっそりと静寂に包まれた場所がある。金堂前の広場を右へ進み、諸堂を通り過ぎると、山上へと延びる石段が現れる。 ...

鉢ヶ峯の堺公園墓地から続く道を北へ辿り、丘陵を切り開いて貫く府道二〇八号線(堺泉北環状線)を跨ぐ橋を渡って坂を下る。「きつね坂」というらしい。間もなく「櫻井神社」「上神郷総鎮守」と刻まれた一対の石柱が現れる。ここから先は櫻井神社の神門に向かって道が真っ直ぐにのびている。 ...

道は、人が往来し、物資や文化をもたらすとともに、時には疫病のような災厄も運んで来た。悪しきモノの侵入を防ぐため、辻や村境に神が祀られ、「道切り」が行われた。その神は「道祖神【どうそじん】」「道陸神【どうろくじん】」「塞神【さえのかみ】」など様様な名で称ばれる。 ...

毎年四月十七日と十八日の二日間、大阪府河内長野市の観心寺において、秘仏如意輪観世音菩薩(国宝)の厨子が開扉される。平成二十九年(2017)四月十八日、仕事の休みが合い、念願のその姿を拝むことができた。観心寺は役行者が修行道場として開いたと伝えられる古刹。 ...

湊川神社の鎮座地は楠木正成が最期を迎えた場所と伝わる。境内の西北隅に、玉垣で囲われ門が設えられた一角がある。石標には「史蹟 楠木正成戦歿地」と刻まれている。この場所こそ、延元元年(1336)五月二十五日、楠木正成が将士七十余人とともに殉節を遂げた地だという。 ...